医療法人社団 椿診療所 (台東区／三ノ輪駅)
椿 哲朗 院長の独自取材記事
三ノ輪駅を明治通りに出て最初の信号を右折、そのまま直進し吉原大門の交差点手前を左に折れてすぐの位置に「椿診療所」はある。開業から70年以上の歴史を誇るこの診療所で地域住民の健康を支えるのは、椿哲朗院長だ。東京医科大学を卒業後、東京女子医科大学第二外科に入局以来、17年にわたって外科畑を歩んできた院長だが、モットーとしているのは地域住民のニーズに沿った医療。あえて専門分野、標榜科目にこだわらず、関連病院と連携しながら患者の生活スタイルに合った地域完結型の診療を行っている。そんな椿院長に、開業医に求められる姿勢や下町のかかりつけ医としての診療スタイル、今後の展望について話を聞いた。
長年培った外科スキルを地域医療に生かす
こちらの医院は70年の歴史があると聞きました。
私の父が浅草の下町で開業したのが1948年のことです。患者さんはこの地域に長く住んでいる人がほとんどですね。私が小学生の頃は近くに多くの診療所がありましたが、台東区の人口が減少に転じてからは開業医の数も徐々に少なくなり、医師数が足りない地域になっています。私が2代目として当院に勤め始めた1993年から、診療内容は内科、胃腸科、外科、皮膚科になっていますが、患者さんたちは何でも診る下町のかかりつけ医と思って来てくれているようです。
院長就任までの経緯についてお聞かせください。
1977年に東京医科大学を卒業後、東京女子医科大学の第二外科に入局しました。外科を選んだ理由は、病気の診断から手術、治療まで一貫して行い、臓器を見ながら治療ができると考えたからです。また、当時から大学病院は専門分化が進んでいましたが、一般外科を看板にしている第二外科は、臨機応変に何でもやろうという雰囲気が自分に合っていましたし、一般外科の技術を身につけることは将来役立つだろうと思ったんです。東京女子医科大学には約10年間お世話になり、その後、大宮中央総合病院の外科に約7年間医長として勤務しました。この17年間で、胃がんや大腸がんなど消化器がんを中心に、数多くの手術を行いました。大学卒業前からいずれは診療所を継ごうと考えていたので、1985年頃からは、週1回当院に勤務。地域の開業医になるための準備も進めながら、1993年に2代目院長となり現在に至っています。
外科でのスキルがこちらの診療所でどのように役に立ったのでしょうか？
看板に外科の標榜が書いてありますが、皮膚腫瘍の摘出術や挫創の縫合など小外科を行う頻度は多くはありません。とはいえ、手術テクニックだけでなく、手術に至る疾患の診断能力を身につけることができたのは大いに役立っていると思います。例えば、腹痛で来院した患者さんの緊急性について迅速に嗅ぎ分ける力などもその一つです。現在常勤で私のパートナーをしている相原先生も、数年前まで外科の医師をしていた方です。悪性、良性疾患を問わずさまざまな病気の診断と治療に携わることができたのは、当院の広角的な診療スタイルの基礎になっていると思います。
地域のニーズに合った診療こそ、かかりつけ医の役割
この地域での診療の特徴についてお聞かせください。
この地域はお年寄りが多く、3～4世代が家族ぐるみで訪れるケースがよくありますね。中でも、75歳以上の方の高血圧症、糖尿病、高脂血症などの慢性疾患や、腰痛、膝関節痛など整形外科疾患が多いのが特徴です。また、在宅医療をかかりつけ医の必須機能として捉え、20年以上前から取り組んでいます。もう一つの大切な機能としては、医療連携を通じて病院と患者さんをつなぐ役割が挙げられます。患者さんが適切な専門医療を受けられるよう、病状にふさわしい医療機関を紹介することは、効率良く医療を提供する上で不可欠です。連携が図れていれば、病状が安定した患者さんは専門病院からかかりつけ医に戻って、住み慣れた地域で治療を受けられます。台東区内にある永寿総合病院、台東区立台東病院、哺育会浅草病院、浅草寺病院などのほか、区外でも三井記念病院などと連携し、地域完結型の医療をめざしていますが、大学病院との連携も増加傾向にあります。
がん患者さんも増えているそうですが、どのようなアプローチをしていますか？
医療連携が進むに従い、がん患者さんの診療も増えています。当院では、上部消化管内視鏡検査、超音波検査、エックス線検査、血液検査などを行うほか、地域の病院にMRIやCTなどの高額医療機器検査を依頼してがん疾患の発見に努めています。特に、台東区立台東病院ではインターネット予約が可能となっており、とても重宝しています。また、台東区が行う各種がん検診にも協力しています。がん患者さんの多くは高血圧症などの慢性疾患を持っていることが多いため、がん診療を行う病院と日常診療を行うかかりつけ医の連携が、非常に重要です。不幸にして終末期に至った患者さんの在宅での看取りを依頼されることも、この数年で増えています。これは、病気を治す医療と癒やす医療のすみ分けに対する理解が、医療機関と患者さん側の双方で進んできた結果だと思います。
かかりつけ医の持つ相談機能についてもう少し聞かせてください。
すべての年齢のあらゆる医療的なニーズに応えることが、地域のかかりつけ医の使命であると思っています。患者さんもそのご家族もいろいろな相談を持ちかけてきますが、何でも話せる雰囲気を診療所全体でつくっていくことが大切ですね。介護保険が始まってからは、地域包括支援センターやケアマネジャーさんなど介護関係のスタッフからの相談が多くなっています。かかりつけ医としてさまざまな相談に応えていくためには、医学知識だけではなく、医療や介護の情報をたくさん持つとともに、いつでもそれらを引き出せる手段を知っている必要があります。また、地域の病院につなぐために、病院の専門分野に関する医療情報もできるだけ詳しく把握するようにしています。皆さんには何でも気軽に相談していただきたいと思っています。
歯科部門を併設し、多職種連携で包括的ケアシステムを
休日に楽しむ趣味はありますか？
昔から車が好きで、今まで数多くの車を乗り換えてきました。ほかに好きなのは、おいしいものを食べることと体を動かすことですね。以前はゴルフに行っていましたが、数年前に椎間板ヘルニアになってからは怖くてしていません。唯一続けているのが、水泳です。40歳頃から始めたのですが、毎週ジムに通って1kmほど泳ぐようにしています。今69歳になったところですが、体型を保つためにこれからも続けようと思っています。最近、お年寄りから握手を求められる場面がありますが、私から元気をもらいたいのだそうで、それに応えるためにも体力を維持したいと思っています。父の歳までは頑張れないかもしれませんが、元気な間は頑張っていきたいと思っています。
今後の展望についてどのようにお考えですか？
健康が許す限り、今の状況を維持していきたいですね。当院では、この地域のニーズに合わせて診療機能を広げてきました。超高齢社会の中では、地域を支えるさまざまな人たちと包括的なケアシステムをつくっていくことが求められています。2016年には歯科医師の長男が当院の3階に歯科部門を併設しましたが、歯の健康は高齢者の健康寿命の延伸につながることが知られており、医科と歯科の連携も重要になると考えています。私は現在、浅草医師会と東京都医師会の監事をしていますが、長年の医師会活動を通じて、地域の先生方や住民の皆さんにかかりつけ医機能について理解していただくことを目標にしてきました。自分の得意分野を標榜科目にして患者さんを呼び込むのではなく、医療や介護に関するたくさんの引き出しを用意してあらゆる患者さんの医療ニーズに応え、相談機能を発揮する。その思いを共有してくれる仲間が大勢できることを願っています。
最後に読者へのメッセージをお願いします。
かかりつけ医というのは患者さんの臓器や病気だけを診るのではなく、生活のことも含めて全人的なスタンスで患者さんそのものを診るのが仕事だと思っています。すべての人たちに自分の身近な地域でかかりつけ医を持っていただき、地域で安心して健康な生活を続けるために利用していただければと思っています。当院はこれからもかかりつけ医として地域の皆さんと一生のお付き合いをさせていただこうと思っていますので、よろしくお願いいたします。
